pomupomublog’s diary

あなたの時間を無駄にするブログ。こころして読むべし

自己顕示欲の情けなさ

これは自分への戒めでもある。

 

人間誰しも自己顕示欲を己の内に秘めながら生きている。それは人間として当然のこと。誰も批判などできない。いや、できやしないのだ。

 

しかし、この自己顕示欲もあまりに度が過ぎると、他人に対して不快感を与えるということが往々にしてある。

 

snsなどの文化が発展している現代社会では、自己顕示欲を容易に発散できる機会に恵まれ過ぎているために、残念な方向へと自己顕示欲を放出してしまっている人間が少なからずいる。(もちろん、その中に僕は含まれている)

 

自己満足で収まるだけなら、誰にも害をもたらさないので特にこれといった問題は無い。問題は、他者を見下す事によって自己顕示欲を満たしてしまっているケースだ。

 

「そもそもの人間性の問題じゃないか?」と思いたいところではあるが、僕は誰もがこの現象に陥り得ると確信している。それほどまでに、自己顕示欲は恐ろしい。

 

自分の気持ちと上手く折り合いをつけて、自分に納得出来る生き方をすることが重要なのかもしれない。

己の人生を開拓する力に欠けている僕

もう12月だし、ここらで今年の反省でもしていこうかな。

 

僕が考える人生において重要なこと、それは開拓する力だ。開拓する力とは自分の頭で自分の未来をイメージし、出来るだけ明るい未来の方へと舵を切っていくこと能力のことだ。(少なくとも僕はそのようなイメージで捉えている。)

 

今年一年の僕を振り返るとこの開拓する力が欠如していたな、と我ながら思う。開拓する力と言っても、何でもかんでも冒険をすれば良いというわけではない。(勿論何事においてもチャレンジ精神というのは素晴らしいことだし、そういう精神を持った人間がこれからの日本をさらに高いステージへと進めていくことは間違いない。)

 

しっかりと安定した選択肢を取る場面と、少し冒険してさらなるレベルアップを図る場面とのバランス感覚が非常に重要だと思うのだ。つまり開拓する力とは、場面に応じて様々な手段を取ることが出来る、そんな能力のことを指すのだ。

 

毎度の如く話が逸れた。話を元に戻そう。

 

今年は少しばかり残念な一年になってしまったけれども、来年はこの開拓する力を意識して、今年よりも良い一年になるように努力をしていきたいと、僕はそのように思う。

 

締めが弱いが、今回のブログはこれで終わりだ。

しがない大学生のにわか漫画レビュー「最強伝説黒沢」

以下で述べることはしがない大学生である僕の個人的な意見に過ぎないので、予めそこのところはご了承いただきたい。(それに加えてつい最近この漫画を知ったばかりのにわかなので、それについてもご了承いただきたい)

 

ということで、さっそく本題へと入っていきたいと思う。

最強伝説黒沢」とは?

最強伝説 黒沢 1

最強伝説 黒沢 1

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最強伝説黒沢」とは、「カイジ」シリーズでおなじみの福本伸行さんの漫画である。「カイジ」シリーズでは、ギャンブル絡みの手に汗握る勝負が見どころであるわけだが、この「最強伝説黒沢」はそういう勝負よりむしろ「世の中に生きるちっぽけな人間の内面」にフォーカスした内容となっている。(と個人的に思っている)

 

最強伝説黒沢」の凄まじさ

先程述べた通り、この漫画は「世の中に生きるちっぽけな人間の内面」にフォーカスした内容となっている。特に、ちっぽけな人間というのがポイントだ。しばしば漫画やアニメで出てくるような、異性にモテモテで運動も勉強も何でも出来るようなスーパーマンでは決してない。要領が悪くて、上手く他人に自分の事を理解してもらえない、この漫画の主人公黒沢はそういう男だ。

 

この「最強伝説黒沢」はそんな要領の悪い人間を、顔の表情や内面に至るまで事細かに表現しているが故に、この漫画を読んでいる人間の大半は彼に同情をしてしまうことだろう。

 

どういう生き方をしている人がこの漫画を読むべきか?

では一体どういう生活を送っている人がこの漫画を読むべきか、ということについて語っていきたいと思う。個人的な考えだが、僕はもどかしい人生を送っている人にこそ、この漫画を読んでほしいと思う。要領がよく、友達がたくさんいるような人はきっと自分の力だけでこの世を生き抜いて行けると思う。しかし、そうでない人は自分に対してこの上ない絶望を感じることだろう。そういう人は一旦この漫画を読もう、そして漫画を読み終わったら、もう一度この世の中へと目を向けてみてほしい。多分大きな変化は無いと思う。でも、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、笑えるようになってるかもしれないよ。

 

編集後記

今回の記事を読んでありがとう。タイトルにもある通り、僕はこの漫画に関して本当に「にわか」で、まだ最終話まで読み切ってすらいない分際で、こんな偉そうな記事を書いてしまった。でも、僕はこの漫画を読んで本当に感動したのだ。感動したからこそ、この記事を書いた次第である。拙い文で申し訳なかった。最後までありがとう。

 

 

 

「具体的」であることは非常に重要

これから述べることは、僕の個人的な見解である。

 

具体的という言葉を知っていますでしょうか?

具体的という言葉は皆さんも聞きなじみがあるだろう。

 

「具体的に言うと~」のように、人と人との会話の中でも割と頻繁に用いられる言葉である。

具体的をどのタイミングで使うのか?

では、この具体的という言葉を一体どのようなタイミングで使うのか?という事について話を進めていこうと思う。

 

僕が考えるに具体的という言葉は、分かりずらい事柄を分かりやすくするために他の物事へ変換するという意味を含んでいる。

 

ようするに、具体的という言葉は他者に物事を理解させたい時に使うというわけだ。

 

この世の中には非常に抽象的でわかりずらい事柄がたくさんある。それをそのまま伝えようと試行錯誤しても、(頭の良い人間は例外として) 僕のような理解力の乏しい人間、いわゆる”バカ”に理解させることは非常に困難なのである。そこに、具体的という言葉の存在価値があるのだ。

 

とまぁ....とりあえず今回の記事の内容はここで終わりとなる。以下に綴ることは僕の戯言なので、興味の無い方はここでお開きとしてしまった方が賢明と言えるだろう。

 

僕の戯言

何故僕が今回具体的について書いたかと言うと、それは今までの僕のブログが非常に抽象的、いやもっと言うと全く中身が無いと感じてしまったからだ。他の方のブログみたいに、もっと具体的な事象について取り扱った方が良いのでは無いかと、感じ始めているからだ。

 

とはいえ具体的な事象について書こうとすると、著作権だとか何だとかが気になってしまい、イマイチ実行に移せないのが非常にもどかしい。僕のめんどくさい性格が故だ。今よりも時間が取れるようになったら、具体的な記事にもチャレンジしようかと思ってはいる。そのハードルは限りなく高いが.....。

 

 

ゲームに対する情熱が今、再び....!!

なんだか、久しぶりにゲームにハマりそうだ。いや、もしかしたらもう既にハマっているのかもしれない。

今までの僕はゲームというものを少し狭い視点で捉えていて、ある程度プレイするゲームが限られていたわけだが、視野を広げて新しいジャンルのゲームに視点を移すと一気に世界が広がったような、そんな感覚に僕は今陥っている。

こういう感覚に浸れること自体が非常に幸せなことだから、この幸せをしっかりじっくり味わって、自分の心の中に焼き付けておきたい。